今日は、如月の14日。雪のちらつく地底の橋。そこで、私はひとつの包みを持ち、勇儀の到着を待っていた。
――つい最近、私はバレンタイン、というものを知った。バレンタインとは、自分が好意を寄せる相手にチョコレートを渡す日らしい。
そして、それは今日のことらしい。ヤマメが言ってた。
ヤマメはキスメに甘いチョコレートを渡すらしい。地上と物品の流通が開通した地底にもチョコレートがやってくることがある。
一応、勇儀と私は恋仲ということになっている。まぁ、チョコくらいなら渡してもいいかな、ということで、トリュフというチョコを作ってみた。
レシピを旧都で入手して、持ち帰った私は、そこからオリジナルを加え、トリュフの中には酒を入れた。
初めて作ったために、丸めるところで失敗し、少し形が崩れてしまったが、それでもいいものができたと自負している。
酒は強めだが、このくらいの方があの酒好きのバカ鬼にはちょうどよいだろうし、この寒さなら酒のおかげであったまれるだろう。
私は寒い体をさすりながら、しばらく待ってみた。しかし、勇儀がやってくる様子は微塵もない。
呼ばなくとも、あいつは来るのに……おかしいな、と思った私は包みを持ったまま旧都へ飛び立った。
あいつにはありえないだろうがもしも怪我や病気で来られなくなってるのであればどうしよう、と思ってしまったからだ。
そして――――私はそれが杞憂であり、愚かな考えだったとすぐに知るのだった。



「いやーあっはっはっは、こんなに持ちきれないよ」
「そんな、勇儀さん、もらってってくださいよ」
「そうです、これは私たちの気持ちなんですから」
「あーそうかぃ?じゃあ、ありがたくもらっておくよ」
「ありがとうございます」

――――なにをやっているんだ、あのバカは
旧都についた私は、簡単に勇儀を見つけることができた。なんせ、勇儀は周りに女をはべらせ、その手にはたくさんのチョコを持っていたのだ。
しかも、ずいぶんとまぁ、でれでれしちゃって。ああ、これは私なんかのところに来るよりこっちで女たちに囲まれてる方が天国ですよね。そりゃあ当たり前です。
―――ああ、なんでこいつにチョコを渡そうと思ったんだっけ

「あ、パルスィーやっほーなんでここにいるんだぃ?」
勇儀にへらへらと笑いかけられて、頭の中がかあああとなる。何も考えられなくなって、勇儀を見たくなくて、怒りに心が震えてて―――
「知らない!」
「え、パ……パルスィ!?」

私はきびすを返し、勇儀の声を聞きながら橋へ戻るために空を駆ける。
まるで私は逃げているようだ―――と心の傍らで思いつつも、足を止められない私がいた。


「……バカ鬼。バカ勇儀……」

橋の欄干に突っ伏しながらそう呟くさまは怖いのかもしれない。だが、そんなことはどうでもよく、私はとにかく呟き続ける。
しばらくそうしたあと、私は顔を上げた。泣いてはいない。だから、問題はない。
何が問題ないのかもよくわからなかったがそれでも、問題ない、と私の心は言い続ける。
そして、足元をみやる。そこにあるのは包みの中に入ったチョコレート。私が丹精こめてあいつのために作ったもの。だけど、ああ、今ならもう意味はない。
包みをぐっと握ると、くしゃ、という音がした。しかし、私はそれに構わず、川に向かってその包みを思いっきり投げた。
ぽちゃんとも、ぱしゃとも言わなかったが、それでも川に落ちたのだと思う。ああ、もうこれで食べれなくなったな、とも思う。
―――これでよかったのだろうか――自問する。
―――これでよかったのよ――自答する。
私は川に背をむける。そして、そのまましゃがむ。膝を立て、そこに顔を埋める。寒さが体を蝕む。だが、私はそれを気にしない。
もはや、寒さすら私にはわからなかった。頭が熱くて、目が熱くて、なにがなんだかわからない。
「勇儀のバカ。私は恋人じゃなかったの?」
そう呟くが、その言葉には誰からも回答はなかった。



「ごめんパルスィ!チョコを食べてたら遅れた!」

結局、勇儀が私の前に現れたのはあれから1刻ほど経ったときだった。いつも来る時間に比べたら3刻は遅い。私は勇儀に目を合わせないようにした。

「あ、そう。チョコ、ね」
「うん。もらってほしい、っていうのが多くって……おいしかったけどね」
「もてもてじゃない。よかったわね。妬ましい」

私は目を合わせないようにしたまま、そっけなく言う。さすがの勇儀も、私が変だと思って顔を傾げる。

「パルスィ……嫉妬してる?」
「そりゃしてるわよ。私は嫉妬の妖怪よ?あなたがもてもてなのが妬ましいわ」
「そうじゃなくて……私がパルスィのところに来なくて、みんなと一緒にいたから、嫉妬してる?」
「………!」

図星、だった。ああ、そう。あんたが私を好きだというのに、肝心なときに来ないから。肝心なときに私を放っておくから……

「そう、よ。あんたが遅いから……心配して旧都まで出向いたのに……へらへらして女たちに囲まれてっ……!どうせ私なんかのことはどうでもいいんでしょうけどっ!それでも私は――――嫉妬しちゃったのよ」

ああ、何かが栓を切って流れ出していく。あふれ出していく。一度崩壊したものを止めるのは、今の私にはできない。嫉妬におぼれた私でも、この嫉妬は抑えきれない。

「どうせ、私なんか遊びだったんでしょ?どうせ、私なんかただの女の一人だったんでしょ?私のことなんか、私なんか―――」

頬を暖かいものが伝う。涙、だった。私はそんな姿が見られたくなくて、手で顔を覆う。

「言いたいことは、それだけかぃ?」
「それ、だけ、よ」
「そか、なら私の番だ。私はね、その嫉妬がうれしいよ」
「なにを言って……」
「嫉妬されてるってことは、私は愛されてるってことだろ?」

ああ、そう。愛している。一度捨てられ、愛することも、心を許すことも、笑うこともできなくなった私を、もう一度笑わせてくれた。そんな勇儀が、私は大好きで、この人なら信じられると思って―――

「パルスィは、あまり私に好き、って言ってくれないからね。少し、怖かったんだ。本当に私は好かれてるのか、本当は嫌われてるんじゃないか、そう思うと怖くて、怖くてたまらない」

勇儀が私の肩をつかんで抱き寄せる。私は、勇儀の胸にうずくまる形となった。

「今日私が最後に来たのは、お楽しみは……パルスィと一緒にいるのは後にとっておきたかったから。まぁ、そのせいでお前さんを嫉妬させちまったのなら……ごめん」
「それならいいのよ。それなら。私を裏切ったのでなければ、いいのよ」

私は涙を勇儀の服で拭ってから、勇儀の胸からぐっと離れる。そして、勇儀の顔を見上げると、勇儀はいつもならありえないほどに、歪んでいた。

「ひどい顔ね」
「あはは、そうかぃ?」

勇儀が苦笑めいた笑いをする。そんな顔が、こいつにはとてつもなく似合ってなかった。だから、私は勇儀の頬をつかんで無理やりに笑わせようとする。勇儀の頬はこの上なくよく伸びた。

「あんたには、この顔のほうが似合うわ」
「パルヒィ」
「なに?」

私は勇儀の頬から指を離した。

「私はさ、お前さんを裏切らないよ?それは前にも言った通りさ」
「わかってるわよ。今回は、あんたを信じ切れなかった私の不徳よ」

私は勇儀にもたれかかる。勇儀は、すごく暖かかった。しばらくそうしていた。そして、私はとてつもないことを思い出す。

「あ、そういえば……」
「ん?どうしたんだぃ?」
「ごめん。勇儀。チョコレート捨てちゃった……」
「え!?そうなのかぃ?」

勇儀が目を丸くする。そして私はうん、と頷いた。

「さっき川に投げ飛ばしちゃった」
「んん……まぁ、いいや」
「いいの?」
「私にとってはさ、パルスィ自身がチョコみたいなものなのさ」

勇儀が片目を軽く瞑る。私は一瞬意味がわからなかったが、すぐに理解して、顔が火照った。勇儀の顔を見ていられなくて目をそらす。

「な、なに馬鹿なこと言ってんのよ」
「いや、ほんと。パルスィがいればチョコなんていらないよ!」
「あっそ」

私は勇儀の顔を見直した。勇儀はもういつもの顔に戻っていて、さっきのゆがんだ顔は嘘みたいだった。そんな勇儀がうれしくて、私はそっとほほ笑む。

「あー……そういえば、私の家に、まだ未使用のチョコが残ってたかもしれないわ」
「おお?ほんとうかぃ?それじゃあ、食べに行こう」
「そうね。行きましょっか」

私と勇儀は、橋の横にある私の家へ飛びたつ。もう夜だから、おそらくここを通る人はいないだろう。もうこれで私の仕事は終わりにしてもいいかもしれない。

「ついでにパルスィも食べていい?」
「な、な、何いってんのよ!」
「あははは、私は結構本気だよ」
「ば、ばか……」




おまけ

ヤマメ「これなんだったんだろう」
キスメ「どうしたのー?」
ヤマメ「んん?さっき落ちてきて……あれ、チョコだ」
キスメ「あれー?これパルスィが持ってたのと似てるね」
ヤマメ「いや……それはもう勇儀の手に渡ったでしょ……」
キスメ「これ食べていい?」
ヤマメ「んん……いいんじゃないかな」

―――少女食事中
キスメ「ふああれ、ヤマメがたくさんいる……」
ヤマメ「ちょ!これ酒多い!つよっ!!」



あとがき
かなり短いですね。どうにも長い話が書けないので、短い話でお茶を濁します。
というわけで、このサイト用に書きあげた小説です。バレンタインです。甘いです。
勇パルいいよ、勇パルとか騒ぎながら文芸部で書いてました。大丈夫。その時間は二次創作書いてもよかったのです(
まぁ、その部活が2月15日だったんですけどね。もろで14日より遅いっていう。んん……来年は間に合わせたいなぁ。
というわけで、チョコを食べれない(といっても体質的な意味で、なので作者はチョコ大好き)人が書いたバレンタインでした!
…………だからチョコじゃなくて砂糖っぽいんだよ
あ、ちなみに、この小説の後、パルスィは勇儀さんにおいしくいただかれたそうです(


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